本稿は昨年11月に開催された B Dash Camp 2025 Fall in Fukuoka のセッションを取材したもの。5月に開催される次回「Pitch Arena」の出場者募集にあわせて前回開催時に掲載できなかった話題をお送りする。※一部の方の肩書きには昨年11月時点の名称があります。また、取材から約3カ月が経過し進捗のあった政策・制度については文末に脚注(※1〜※6)を追記しています。あらかじめご了承ください。

2022年に策定された「スタートアップ育成5か年計画」。当時は経済産業省が単独で推進していたスタートアップ支援策が、金融庁や法務省を巻き込んだエコシステム全体の制度整備へと進化した。いよいよその整備が一巡し、成長を加速させるフェーズに入った今、スタートアップの真の勝ち筋はどこにあるのか──。

「新時代のスタートアップのあり方〜国、地方、スタートアップの協力体制が勝ち筋を生む〜」と題されたセッションには、自民党経済産業部会長の小林史明氏、福岡市長の高島宗一郎氏、インターステラテクノロジズ CEO 稲川貴大氏、まん福ホールディングス CEO 加藤智治氏、LINEヤフー上級執行役員の宮澤弦氏が登壇。モデレーターは B Dash Ventures 代表の渡辺洋行氏が務めた。

制度を「使い倒す」フェーズへ

自民党経済産業部会長(※当時)の小林史明氏

小林氏は3年間の成果を振り返りながら、新たなフェーズへの移行を宣言した。

特に大きな変化がストックオプション制度の柔軟化だ。従来は権利を行使して株式を取得すると、その時点で多額の税負担が発生した。未上場で株式を売却できないにもかかわらず、現金で税金を払わなければならない。このため、事実上「上場まで待つ」しか選択肢がなかった。しかし制度改正により、税金を株式売却時まで繰り延べられるようになった。

「ストックオプションを権利行使して、未上場の株を持っている社員が出てきた。セカンダリーマーケットも年末にかけてでき上がってくるので、上場を急がざるを得ない環境を緩和できる状況が整ってきた」(小林氏)(※1)。

グロース市場改革を見据えた M&A 環境の整備も進む。東証は2030年以降、上場後5年で時価総額100億円以上という維持基準の導入を検討している(※3)。基準が厳しくなる一方で、M&A を成長戦略として活用しやすくするための制度的手当ても同時に進められている。

「厳しくするだけではなく、M&A の阻害要因になっている会計基準の見直しを行い、のれんの非償却化を2027年から適用することを目標にしています」(小林氏)(※2)。

さらに小林氏は、M&A のノウハウ不足という実務面での課題にも言及した。スタートアップが大企業に売却する際、未行使のストックオプションをどう処理するかなど、正確に理解している人は多くない。年末に経産省からガイドブックのアルファ版が出る予定だ。

制度整備から成長加速へ。小林氏が強調するのは、制度が整った今こそ「使い倒す」段階に入ったということだ。

地方とスタートアップのリアル

インターステラテクノロジズ CEO 稲川貴大氏

ディープテック分野において、国と地方、そしてスタートアップの連携はどうあるべきか。その最前線を走るのが、北海道・大樹町を拠点にロケット開発を進めるインターステラテクノロジズだ。

同社 CEO の稲川氏は現在、人工衛星打ち上げ用のロケットを開発中だ。開発資金として政府から SBIR(中小企業向け研究開発補助)を受けており、トータルで140億円の補助が入る予定だ。

特筆すべきは、人口5,000人の大樹町に本社を置き、150名の製造メンバーを配置していること。従業員の9割以上が町に移住している。こうした実態を受けて、高島氏は基礎自治体の財政構造の観点から移住の意義を指摘した。

「法人税は国や県に入るが、基礎自治体は汗をかくわりに税収が限られる。だからこそ、移住して住民税を払ってもらうことは、地域にとって大きな意味がある」(高島氏)。

大樹町ではふるさと納税の項目に発射場整備や宇宙企業サポートを加え、企業版ふるさと納税も活用した独自の仕組みを構築している。空港と同様、自治体だけでは作れないインフラを官民で整備するモデルだ。

では、こうした地方との関係はどうやって築くのか。稲川氏の答えは実にシンプルだった。

「地方自治体は危機感もあるので、ポジティブな提案には協力してもらえる。地域との関係構築としては、町長とひたすら飲みに行っている」(稲川氏)。

小林氏は、この「飲みに行く」という話を制度設計の観点から補足した。補助金や特区といった仕組みがあっても、最終的にプロジェクトを前に進めるのは個人同士の信頼関係だという。

「経産省の人、北海道の人ではなく、バイネームの付き合いが重要。たとえ異動があっても、ずっと応援し続けてもらえるような関係を構築してもらうのがいい」(小林氏)。

ロールアップで成熟産業を世界へ

まん福ホールディングス CEO 加藤智治氏

ディープテックやAIといったテック系の話題が続く中、まん福ホールディングス CEO の加藤氏は率直な問題提起をした。食産業に特化して後継者不在の中小企業をロールアップし、14社をグループ化、連結売上110億円規模に成長させたが、国や地方行政との接点はほとんどないという。

加藤氏が指摘するのは、政府のスタートアップ政策がテック系に偏りすぎているという構造的な問題だ。

「新産業を作るテック系も重要だが、GDP の大半はアナログ産業。大きな雇用も存在している」(加藤氏)。

では、なぜ今アナログ産業に目を向ける必要があるのか。加藤氏は AI による産業構造の変化を見据えた独自の視点を示した。AI が普及すれば生産性は向上するが、それによって余剰となった人材の受け皿が必要になる。その受け皿こそ、日本が強みを持つサービス業や食産業だという。

「AI が普及し生産性が上がれば、日本が強いおもてなしやサービス業、食などの分野に雇用がシフトする。成熟産業が再び台頭し、世界を目指すストーリーも必要だ」(加藤氏)。

この指摘は、テック一辺倒のスタートアップ論に対するアンチテーゼだ。渡辺氏も共感を示し、ロールアップという手法そのものの価値を位置づけ直した。

B Dash Ventures 代表 渡辺洋行氏

「既存産業をロールアップし、DX や新たなノウハウを入れることで、新たな形態に変える。これも立派な新産業の創出だ」(渡辺氏)。

これを受けて小林氏は、ロールアップを支えるファイナンス環境の整備に言及した。制度面からアナログ産業の変革を後押しする姿勢を見せた。

話題は海外展開の可能性へと移った。加藤氏によれば、過去10年間でグローバルに日本食レストランが3倍近く増えたが、そのオーナーの90%以上がノンジャパニーズだ。つまり、日本食という巨大な市場が海外に広がっているにもかかわらず、日本企業はほとんどプレーヤーとして参加できていない。

「海外の日本食レストランを M&A し、本場日本の本物を注入して差別化する」(加藤氏)。

小林氏は、この加藤氏の戦略を国全体の課題と重ねた。日本企業はグローバルで通用する商品やサービスをすでに持っている。問題は、それを海外に売りに行っているかどうかだという。

「世界の食のプラットフォームは日本が強い。世界中に日本食店が広がっており、これを活かさない手はない」(小林氏)。

テック系とノンテック系。新産業の創出と、成熟産業の変革。この両輪がそろったとき、日本のスタートアップエコシステムは新たなステージに進む。

AI 立国への道──スピードとスケールの競争

LINEヤフー上級執行役員 宮澤弦氏

セッション後半、議論は AI と国家戦略の話題へと移った。LINEヤフー上級執行役員の宮澤氏は、ここまでの制度整備や産業振興の議論を評価しつつも、もう一つ決定的に足りないものがあると指摘した。

「政府の方針は素晴らしい。もう1つ加えるとすればスピード感だ。AI の領域は意思決定のスピードが異常に速い。国がついていかないと、世界で遅れをとる」(宮澤氏)(※4)。

宮澤氏がスピードの重要性を強調する背景には、直近の海外視察での実体験がある。最近の韓国視察でその意思決定の速さを目の当たりにした。韓国ではナショナル AI リサーチラボを構想からわずか6か月で立ち上げ、AI 政策の全責任者に起業家出身者を据えている。

「国と民間の役割分担が明確だ。民間は投資回収を考えるので、リスクの高いことに踏み込めない。ナショナルリサーチラボでは、民間ではできないリスクを取った研究がなされる。アメリカでもリスクの高い研究には国が投資している」(宮澤氏)。

スピードだけでなく、スケールの差も深刻だ。宮澤氏は各国の GPU 調達状況を具体的な数字で示した。アメリカは500万枚、中国も同規模。韓国は26万枚を調達済みだ。一方、日本は来年にかけて数万枚を購入する計画にとどまる。桁が一つ、二つ違う(※5)。

AI 基盤の整備には電力問題も直結する。日本は今後10年で電力需要が3倍になると言われ、アメリカは2030年までに55ギガワット(原発55基分)の電力を追加で必要とする計算だ。AI のデータセンターを支える電力をどう確保するか。宮澤氏はエネルギー政策にまで踏み込んだ。

「日本も原発の再稼働や新しいエネルギー源について、ちゃんと議論を進めていく必要がある。再生可能エネルギーだけでは AI のデータセンターには足りない」(宮澤氏)(※6)。

日本の AI 立国への道は、GPU の数だけでなく、意思決定のスピード、そしてそれを支えるエネルギー基盤の整備にかかっている。

福岡を「AI フレンドリー都市」に

福岡市長 高島宗一郎氏

ここまでの議論で浮かび上がったのは、国レベルの制度整備やインフラ投資には時間がかかるという現実だ。では、もっと機動的に動ける単位はないか。宮澤氏は、AI の社会実装を一気に進める実験場として、開催地・福岡の名前を挙げた。

「日本一 AI フレンドリーな町、福岡になってほしい。規模的にサンドボックス都市としてぴったりだ。AI を使ったあらゆる実験を福岡でやれば日本でできるという状況になると、AI×ロボティクスの会社がみんなここに来る。ここで事例を作って日本全国、あるいは海外・ASEAN に展開できる」(宮澤氏)。

福岡市は人口約164万人。国家規模では大きすぎて動けない実験も、都市単位であれば素早く試せる。国家戦略特区の指定を受け、スタートアップ支援で先行してきた実績もある。宮澤氏の提案は、この福岡の機動力を AI 分野に全振りしてはどうか、というものだ。

名指しされた高島氏は、市長としての実感を交えて応じた。AI の登場で行政の在り方そのものが変わりつつあるという認識だ。

「AI の誕生で全然フェーズが変わった。温もりが必要な部分には人を配置し、そうでない部分はいかに AI にしていくか」(高島氏)。

小林氏は、国としてこうした自治体の動きをどう後押しするか、具体的な施策を示唆した。たとえば自治体の電話受付業務は、住民からの問い合わせ対応に多くの人員を割いている。これを AI に置き換えるだけでも、限られた行政リソースを住民サービスの質の向上に振り向けることができる。

「自治体の電話受付業務は全部 AI コールセンターでいい。国で用意して、手を挙げた自治体に共同調達して配ろうかなと考えている」(小林氏)。

制度整備から成長加速へ。国と地方とスタートアップが三位一体で連携し、AI を起点に新たな産業を生み出す。日本のスタートアップエコシステムは、次のフェーズへと突入した。

脚注(2026年2月追記)

※1)セカンダリーマーケットについて:この発言後の2025年12月、未上場株セカンダリー取引所を運営するFUNDINNOが東証グロース市場に上場した。改正金融商品取引法(2025年5月施行)により「非上場有価証券特例仲介等業務」が新設され、みずほ証券・SMBC日興証券・三菱UFJモルガン・スタンレー証券など大手もJ-Ships(特定投資家向け銘柄制度)に参入。未上場株式の流通環境は着実に整備が進んでいる(参考:日経新聞 FUNDINNO上場報道日証協 J-Ships統計)。

※2)のれんの非償却化について:2025年11月の企業会計基準諮問会議では結論が出ず、ASBJの正式テーマとして取り上げるかどうかの判断は2026年3月の次回会議に持ち越された。2027年適用の実現は不透明な状況にある(参考:KPMGレポート)。

※3)グロース市場の維持基準について:この基準は2025年9月に制度要綱が確定し、同年12月に規則改正が完了した。2030年3月1日からの適用が正式に決まっている。グロース上場企業の約7割が基準未達とされる(参考:JPX 制度要綱日経新聞 東証市場変更が最多)。

※4)AI 国家戦略のスピードについて:この発言後の2025年12月23日、政府は初の「人工知能基本計画」を閣議決定した。「AI反転攻勢」を掲げ、1兆円超のAI関連投資を表明。AI基本法も2025年9月に全面施行されている(参考:内閣府 AI法施行)。

※5)GPU 調達規模について:2026年度予算案ではAI・半導体分野に1兆2,390億円(前年比3.7倍)が計上された。民間でもさくらインターネットが約1万基のGPU調達を計画し、KDDI・さくらインターネット・ハイレゾの3社が「日本GPUアライアンス」を結成(2025年10月)するなど供給体制の整備が加速している(参考:Bloomberg 予算報道KDDI 日本GPUアライアンス)。

※6)原発・電力政策について:2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画では、原子力を「最大限に活用」する方針に転換された。2040年度の電源構成目標で原発2割(30基超の再稼働が前提)を掲げたほか、脱炭素電力を100%使用するデータセンター等に投資額の最大5割を補助する新制度(5年間で2,100億円)も導入された(参考:経産省 第7次エネ基)。

取材・写真:園田遼弥/編集:平野武士