Image Credit :LAUNCH Accelerator

シリコンバレーの第一線でスタートアップ投資を行ってきた世界的エンジェル投資家、ジェイソン・カラカニス氏。Uber、Robinhood、Calmなど、スタートアップシーンを追いかけていれば一度は耳にする企業への投資で知られる人物だ。

ジェイソン氏は自身のエンジェル投資の経験を活かし、起業家養成プログラムであるアクセラレーター「LAUNCH Accelerator」を運営している。また、アクセラレーターに入るにはまだ時期が早い起業家に向けて、資金調達やグロース手法など、スタートアップに欠かせない知識やネットワークを提供する教育プログラム「Founder University」も開催してきた。

そして今回、日本で新たな取り組み「Founder University Tokyo」を始めるとの知らせが入り、取材を敢行した。この記事では同プログラムの狙いに加え、ジェイソン氏が求める起業家像や市場観など、同氏ならではの示唆を掘り下げる。

「プレアクセラレーター」日本で本格始動

2026年1月より、日本貿易振興機構「JETRO」とジェイソン氏率いる投資組織「LAUNCH」が連携し実施する形で、日系スタートアップ向け教育プログラム「Founder University Tokyo」が開催された。期間は同年3月までの約10週間となる。

オンラインカリキュラムやメンタリング、進捗管理を通じて、起業家マインドからMVP開発、ビジネスモデル設計、市場検証などを段階的に学ぶ。また、ジェイソン氏の投資チームが来日して対面ブートキャンプが開かれたほか、プログラム参加者の中から選抜されたメンバーはサンフランシスコへ渡米し、現地ネットワークへのアクセスや潜在顧客とのミーティング機会が与えられるなど、米国投資チームから実践的な支援を受けられる点が特徴だ。

本プログラムは「プレアクセラレーター」という、一般的なアクセラレーターよりも前段階に位置づくユニークな立ち位置にある。

ーー どのような背景で「Founder University Tokyo」は立ち上がったのでしょうか。

「LAUNCH Accelerator」を運営する中で、半分以上のスタートアップはまだ応募するには早すぎる段階だと分かりました。週末にプロトタイプを作っている、顧客インタビューを重ねて形を探っている、といった状態のチームが少なくありません。そこで、どうすれば彼らをアクセラレーターに参加できる状態まで引き上げられるかを考えて立ち上げたのが「プレアクセラレーター」です。

資金調達、PMF、採用、ストックオプションの知識などを網羅的に教える教育プログラムを10〜12週間で回します。米国では複数回開催して参加者を集め、そこから多くのスタートアップ投資にもつながってきました。今回、この取り組みを米国だけでなく日本とサウジアラビアにも展開することになり、「Founder University Tokyo」の開催に至りました。

Y Combinator、Techstars、LAUNCH Acceleratorなど、世界的にアクセラレーターは注目を集め、応募競争は激化していると言われる。一方、応募母数が多い分、現時点では実力が伴わなかった将来有望なスタートアップとの接点構築をどう行っていくかが課題だ。そのギャップを埋める狙いが、このプログラムにはある。従来のアクセラレーターが「成長を加速する場所」だとすれば、プレアクセラレーターは「成長できる土台を作る場所」となる。

優れた起業家は「うまくいかないこと」を見極めている

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多くの起業家と向き合ってきたジェイソン氏に、投資先として期待する起業家像、そしてプログラムを通じて身につけてほしい姿勢について聞いた。

ーー スタートアップに投資する際、どのような点を重視していますか。

優れたファウンダーは必ずやり方を見つけます。たとえばAIの時代では日々新しいツールが登場しますが、優れたファウンダーは真っ先に使い方を見つけ、賢くツールを使いこなします。言い換えれば、ツールに「使われる」ことがありません。結局、私たちが賭けるのはファウンダーです。AIではありません。私たちは人に投資するのです。

AIサービスが加速度的に増えている昨今、起業家も投資家も「どの技術が勝つか」「どの機能が差別化になるか」といった“道具”の議論に寄りやすい。しかしジェイソン氏が見ているのは、未知の道具を前にしても試し、学び、応用し、成果に結びつける試行の速さだ。ジェイソン氏は、環境変化に適応できる創業者ほどプロダクトの差が縮まりやすい局面でも競争力を保てる、と語る。

そして「人」を見極めるうえで、ジェイソン氏が高く評価すると語ったのが「プロダクト・ベロシティ(出荷速度)」だ。頻繁に作り、ローンチし、ユーザーの反応から学び、修正するチームは、結果として勝ち筋を残しやすい。

ーー それでは具体的に、どのようなマインドセットを持った起業家を評価しますか。

私は頻繁にプロダクトをローンチするチームが好きです。なぜなら、頻繁に作って出し続けられる人が負けるのは珍しいためです。「うまくいく事業を知る」ためには、「うまくいかないアプローチを排除する」ことが重要です。成功の道筋を知るには、それ以外の選択肢を排除し続けることが最短ルートです。そのためには短期間でローンチと検証をし続ける挑戦心が必要になります。

仮説を連続して外せば、市場が「それは違う」と教えてくれる。すると「これは無理だ」と分かり、次の打ち手は改善される。うまい一発を狙うのではなく、まずはローンチして、外れた仮説を捨て、次へ進む。その反復の中で初めて勝ち筋が残る。

投資家が見たいのは、完成度の高いプロダクトだけではない。小さな失敗を繰り返しながらも学習し、前進できるかという、チームの実行習慣と姿勢だ。ジェイソン氏が「結局、賭けるのはファウンダー」と言い切る背景には、AI時代においてこそ、挑戦を継続できるかという「人の差」が投資の本質になる、という見立てがある。

AI時代のモートをどう築く

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多くの起業家にとってAIは避けて通れないテーマだ。ChatGPTやGeminiのような世界的プロダクトのアップデートによって、昨日までの優位性が一夜にして揺らぐこともある。では、どこにモート(参入障壁)を築くべきなのか。ジェイソン氏は次のように語る。

ーー AI領域の起業家からは、どんなプロダクトが生き残れるのか不安視する声も聞きます。この点に関してどうお考えですか。

「バーティカル(垂直)領域のプロダクト」は残ると思います。たとえば税務市場。LLMに税法の知識が入ったとしても、現場の仕事が消えるわけではありません。むしろ業務は複雑化し、任される範囲は増え、予測やシナリオ分析まで求められます。ここで価値になるのは「知識そのもの」より、現場で毎日発生する課題を吸い上げ、製品に落とし込み続けることです。つまり、縦に深い業務理解と、プロダクトの更新頻度がモートになります。

AIで知識が無料化されるほど、現場から学び続け、それをプロダクトのアップデートに反映する企業ほどモートは高くなる。問題が尽きない領域で改善を続ける企業だけが選ばれ続けるという構図だ。この「縦に深い価値」はコンシューマー市場でも当てはまる。ジェイソン氏は自身の投資経験を例に挙げて、こう続けた。

ーー 投資先から、バーティカルプロダクトの具体例を挙げられますか。

たとえば私がCalmに投資したときも、無料の瞑想コンテンツはポッドキャストやYouTubeにたくさんありました。しかし自分に合ったものを探す必要があり、更新されないチャンネルも多かった。一方でCalmでは毎日新しいコンテンツがリリースされ、コースやストーリーも追加され続けました。そうすると、一部の人は年50ドルを払うようになっていったんです。

グローバルで強い障壁になるのは、最終的には大きなネットワークやユーザーベースだ。ただしそれは、最初から狙って作れるものではない。まず縦に深い価値を作り、アップデートを積み重ね、特定の顧客にとって替えが効かない状態を作る。その結果としてネットワークが育つ。世界で戦うとき、モートは一発の技術革新よりも、地味な積み上げが効くのだ。

日本はグローバルへ立ち返るべき

最後に、ジェイソン氏が日本の起業家へ向けて語ったのは「原点回帰」だった。日本には国内だけで大きな事業が成立しうる市場規模がある。それは強みである一方、世界を前提にした挑戦を遅らせてきた側面もある。だからこそ今、もう一度「世界で戦う日本」へ立ち返るべきだという。

ーー 最後に、これからグローバル展開を目指す日本人起業家へ、どのようなメッセージを伝えたいですか。

日本人ファウンダーにとって一番大事なのは、ソニー、トヨタ、ホンダ、ユニクロに立ち返ることです。彼らは日本の卓越性を世界に持ち出した、勇敢で恐れないブランドでした。自信を持ってどこでも戦いました。

日本には1億人の市場があって、ここだけでユニコーン企業を創業できる可能性があります。世界に出なくても成立してしまいます。しかし長期で考えれば、それは日本にとってあまり良い動きではなく、世界へ挑戦しなければならないでしょう。

ジェイソン氏が示した「立ち返る」という言葉は、懐古ではなく“世界市場を前提に設計する姿勢”への回帰を指す。国内で成立するからこそ、あえて外に出て自分たちを磨く。厳しい競争に身を置けば、その分、磨かれる速度も上がる。日本が再び世界へ踏み出すなら、必要なのはまず飛び込む決断だ。ジェイソン氏はそう最後に促した。